その昔、バラクーダの歌う「日本全国酒飲み音頭」という名歌があった。一年中、何かの行事にかこつけて酒が呑めるとはしゃぐコミックソングである。
元来酒呑みは行事があろうがなかろうが関係なく呑むものだが、花見や正月に呑む酒が二割増し旨いと感じるのは何故か。雰囲気が酒の味を変えるという意見に異論はない。しかし私は、やはり酒を呑むには何かしらの大義名分が必要なのではないかと思う。
昔から酒は「狂水(くるいみず)」あるいは「狂薬(きょうやく)」などと呼ばれている。その対極として「酒の十徳」というのもあるが、「狂」の文字の禍々しさにかなうものではない。また、節度をもって程々に呑めば「百薬の長」と言われ、その一方で「万病源(まんびょうのもと)」とも説かれている。いわんや単純に酒の上での失態は枚挙に暇がない。
これらの諸説が現代医学によって原因と対処方法が明確になり、“みのもんた”がいくら力説しようとも、こうした酒のもつ「暗」のイメージから完全脱却するのは困難である。
無論、普段からそんなことを考えながらびくびく呑んでいるアホウなどいるわけもないが、脈々と受け継がれるDNAが酒は麻薬であると告げるのだ。
盗み酒が旨いわけがない。後ろ暗さのない、言い訳のできる大義名分があってこそ、酒はその本来の大らかさをもって我々を包み込んでくれるのだ。

