専門学校時代に一度だけ、肖像画を頼まれて描いたことがある。
話を持ってきたのは友達の友達として知り合った男で、聞くところによると、自分の父親から、
「愛人の誕生日に絵をプレゼントしたいので、誰か描けるヤツを紹介してくれ」
と言われたらしい。
……なんともオープンな家族である。
依頼は【似顔絵】ではなく正真正銘の【ポートレート】。報酬は二万円だという。
街の似顔絵描きの相場はよく知らないが、おそらく千円からせいぜい三千円ぐらいだと考えると、これはなかなかに破格である。
しかし一番の問題は、果たしてこの私に、依頼人が満足するものを描けるかどうかだ。
まず、絵の具を使って写実的な表現をするのは難しいのでカラーは却下。必然的に鉛筆画が条件となるが、物の形を捉えることには少々自信があったものの、それを鉛筆の濃淡だけで表現できるかは未知数だった。なにしろ専門的にデッサンを勉強したことなどないのだ。
ちなみに、専門学校の絵描きの中でどうして私が選ばれたのかというと、別に私が取り立てて上手かったからではなく、普段の絵柄が一番写実に近かったというだけの理由である。
でもチャレンジしてみたいっ!!
こちらから言い出すのは傲慢だと知りつつ、気に入らなかったら報酬は受け取らないことを条件に引き受けることにした。
さて、まずはモデルとなる愛人の写真を数枚受け取った。
歳は30前後だったと思うが、これがなかなかの美人である。この人がアイツの親父とあんなコトやこんなコトを……いやいやそんなコトはどうでもよろしい。
イラストボードを買ってきて早速描きはじめた。
構図は胸元からの顔メインである。
後にも先にも、あれほどモノの凹凸に神経をすり減らしたことはない。クロッキーのような素描と違い、あくまでも目指すところは“写真のような”絵であり、ハッタリも妥協も自分に許さなかった。
画家を目指すべく、日々デッサンに明け暮れる人からは「ふざけるな」と言われそうだが、私はあの一枚で何かを掴んだような気がする。
三日をかけて完成した絵の出来栄えは、あえて言うまい。
ただ、二万だったはずの報酬が三万に増え、それに加えて高級洋酒を三本頂いたことは記しておく。

